当店もインスタグラムをはじめました。買取等で入荷した気になる古本や見た目がイカす古本、レアな古本、店内の様子や古本屋の仕事風景などなど……ダラダラと撮っていこうとおもいます。ブログとはカブらない内容でいこうとおもってますので、どうぞフォローなどよろしくお願いいたします。
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その世界観と魅力的な登場人物たち、そしてファンタスティックなストーリーで世界中の子供達を今なお虜にしつづける「ハリー・ポッター」シリーズの正統な続編『ハリー・ポッターと呪いの子(スペシャル・リハーサル・エディション・スクリプト)』が刊行されて数カ月が経ちました。
書店に走ったあの日から、ひとつ季節が移り変わったのかと思うと時の流れの速さにびっくりさせられます。そのうちここで感想を述べよう、と決めてはいたのですが、時節に合わせた記事を書いているうちに時は過ぎ、完全にタイミングを逸した形になってしまいました……。作品への愛だけはありったけ込めましたので、本編ファンでまだ「呪いの子」は読んでいないけれどどんな感じだったのだろう、と気になっている方や、「呪いの子」を読み終えて他の人の感想も知りたい!! と思っていらっしゃる方に楽しんでいただけたら幸いです。
前者の方々のため、ネタバレにならないよう、できるだけ具体的な内容には触れずに感想を書いてゆきますが、すでに読破なさっている方は、「ここはあのエピソードのことを言っているんだな?」とニヤッとしてみてください。

この続編は、ハリーの息子アルバスとドラコの息子スコーピウスの友情・冒険物語であると同時に、かつて多くの犠牲の上に英雄となったハリーたちが過去に復讐され、それを苦悩しつつ受けとめたて再び成長してゆく、そういった物語であったように思います。
ハリーとヴォルデモート卿の戦いの中で、世界を救うべく駆け抜ける「生き残った男の子」のすぐ隣で命を落とし、 その激動ゆえにゆっくり悼まれ顧みられることすらなかった、ハッピーエンドからとり零された人々。彼ら彼女らのことを今一度思い起こさせ、また同時に、グリフィンドールとスリザリンの確執など、本編でわだかまりを残したままであった事柄をもひとつひとつ解きほぐしてゆくような、本編と真っ向から対峙する続編。
三校対抗試合のラストでヴォルデモートの手にかかったセドリック・ディゴリーへの言及や、本編では結局互いが互いを嫌い、厭い、あるいは憎んだまま終わってしまったグリフィンドールとスリザリン、その対立の象徴であったハリーとドラコの関係性の変化にはぜひ注目してほしいところです(スコーピウスと、ロンとハーマイオニーの娘ローズのそれにも)。ジェームズやシリウスが幼き日に行ったスネイプ少年へのいじめもあって、スリザリンはたしかに傲慢で差別的だけれど、そんなスリザリンに対するグリフィンドールの接し方も大概ではないか、という意見がしばしば読者から出ていたように思いますが、本書の序盤でハリーによる闇の印をもつ者への「逆差別」という言葉がドラコから発されることからも、本編では解決することのなかったこの問題にしっかり向き合おうという姿勢が感じられます。
また、この物語のキーとなる「呪いの子」(おそらくはトリプルミーニング)、そのうちのひとりに救いがもたらされることはありませんでした。それまでの流れで独善的な視点を取り払われ、その子をただの「悪」だと決めつけることのできなくなった読者に、だれもが幸せになれる物語など存在しないのだと、残酷なまでにはっきりと突きつけた。だからこそ、「死の秘宝」のクライマックスで、ハリーがヴォルデモートを、モリー(ロンの母)がベラトリックスを打倒したときのような爽快感はないかもしれない。けれど、それでいい、そうあらなねばならない、そのやるせなさこそが、「戦い」というものを見届けたとき、 わたしたちの心のなかに本来生まれるべきものだと、諭されたような気がしています。
ハリーとヴォルデモートの共通点と相違点については、これまでにも作者や読者たちから頻繁に言及されてきましたが、個人的には今回の、救われることのなかった「呪いの子」とハリーの境遇の似通い様に、まさに因果応報、運命の皮肉を感じました。あの子の言葉は、ホグワーツ1年生のときに「みぞの鏡」に夢中になったハリーをえぐっただろうなと。
愛と冒険と成長の物語の続編として、とても誠実であり、厳しくも優しい、そんなすばらしい作品であったと、心の底からから拍手を贈りたい。
また、作者の母国であるイギリスで舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」が上演されたとき、続編が描かれたことによって「その後」を想像する楽しみが奪われた、といくらか残念に思われた方もいらっしゃるかもしれませんが(孫世代、という通称でのファンアートも盛んに作られていましたし……)、蓋を開けてみれば、本編中にいくつもの“if”の世界が呈示されたことで、ここがこう違っていたらこの人はこうなっていたかもしれない、などと本編を読み返しながら想像する楽しみはむしろ増えたといえるのではないでしょうか。
最後にひとつだけ。これは『呪いの子』を読了した方に向けた言葉ですが、スコーピウスは狡猾の象徴としてのそれではなく、大切なひとのために自分の体を燃やせる、銀河鉄道のサソリでしたね。
古本屋 草古堂は、映画「ハリー・ポッター」シリーズのDVD・サウンドトラックや、この『ハリー・ポッターと呪いの子』、杖などの関連グッズ、『死の秘宝』刊行時に受注生産された全巻収納用木箱の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください。
みなさんこんにちは!! さて、待ちに待ったお楽しみイベント、バレンタイン・デイが明後日に迫ってまいりました。この時期になると百貨店の催事コーナーは常になく華やかになりますが、もう足は運ばれましたか? わたしは例年、もっぱら自分用のチョコを求めてあのコーナーを訪れるのですが、今年はこれ以上ないというくらいにすてきなご褒美を手に入れることができました。
それがこの、メリーチョコレートと名作児童文学とのコラボシリーズ!!


こちらは「星の王子さま」コラボ。タイトルロゴに、星、バラの花、ゾウを丸呑みしたウワバミ(あるいは、ウワバミに丸呑みされたゾウ)、ヒツジ、そして王子さま、丸缶にはキツネと、作中の印象的なモチーフが揃い踏み。ゾウとウワバミが図解されているバージョンになっているのが惜しいといえば惜しいですが、それにしてもすばらしいクオリティです。キツネが忘れられていないのも嬉しい……(キツネ、というかキツネと王子さまの関係性への思い入れについては、こちらの記事をご参照ください)。中身を食べ終わったら缶に何を入れようか、今からわくわくしてしまいます。
しかしなんと、舌を巻かされたという意味ではこれのさらに上をゆく品があったのです。


小学校の図書室に入り浸っていたみなさん、このシリーズ、きっと見覚えがありますよね?
ビアトリクス・ポターによる、イギリス人ならではのユーモアの利いた語りに、温かく柔らかな挿絵、ちんまりと愛らしい装丁。かたわらに積み上げ、一冊一冊小さな手で握りしめてクスクス笑い声をこぼしながら夢中になって読んだ、あの「ピーターラビット」シリーズ!!

完璧に狙い撃ちされている……。
バレンタインというイベントの性質柄、シックで落ち着いたものや挑発的なデザインのもの、おしゃれなものが多く大人な雰囲気を漂わせるフロアのなかで、ふと子供時代に立ち返らせてくれる品々。まだ子供でいることを許されている幸せを噛みしめながら、ゆったり味わって食べることにします。みなさんも、恋人にもらうにしろ家族と食べるにしろ友人と交換するにしろ、それぞれのチョコレートに詰まった幸せを存分に楽しんでくださいね。
古本屋 草古堂は、『星の王子さま』の関連書籍や「ピーターラビット」、「ムーミン」シリーズといった名作児童文学の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください。
今年で66歳になる近田春夫という人をご存じの方は、彼が何をやっている人間か、という質問に対してどう回答することでしょうか。国内外のポップスに造詣が深いミュージシャン、最近ではPerfumeもカバーした名曲『ジェニーはご機嫌ななめ』でおなじみジューシィ・フルーツの生みの親、『考えるヒット』の著者、たまにTV番組『タモリ倶楽部』に出てるおじさんタレント……その活動スタイルはまさに百面相。
マルチな才能を持つ近田春夫のキャリアのスタートは、1970年代初頭まで遡ります。当時はグループ・サウンズ(GS)流行の末期。彼はロック・パイロットというGSグループや羅生門というバンドに参加し、そして1972年、自らの名を冠した近田春夫&ハルオフォンを結成。歌謡曲をカバーした3rdアルバム『電撃的東京』で歌謡曲の新解釈を世の中に提示することに成功しました。そして1979年に近田春夫&BEEFというバンドを結成、ほどなくして同バンドを発展的解消させて、ジューシィ・フルーツというバンドに作り変え世の中に送り出し、プロデューサーとしても成功をおさめます。その後も近田春夫&ビブラトーンズ、ヒップホップに接近しPresident BPMとしてラップに挑戦、NO CHILL OUTという名義でゴアトランスにも手を出し、テクノ・トランス・プロジェクトRiceなど、幅広いボーダーレスな活動を今も続けています。同時に70年代から雑誌やラジオ、テレビ等メディアにも登場し、歌謡曲への造詣の深さや芸能に対する辛口評論で、作品だけでなく彼の人となりも注目されました。

その膨大な量の彼の仕事の中でも、個人的に白眉であったと思うのが1980年代後半から1990年代中盤まで活動した人力ファンクヒップホップバンド、VIBRASTONE(ビブラストーン)です。ホーンセクションを従えた大所帯のビッグバンドから生み出されるダンサブルな演奏と、政治・社会・メディア・世間に対する痛烈な批判性を持った歌詞の奇跡のマッチング。音・詞、どちらも単体としても十分に魅力的なものでした。
レコード会社の自粛により、VIBRASTONEのCDには歌詞が記載されませんでした。今回紹介する『VIBE RHYME』は、それらが歌詞集として1冊にまとめられ1994年に刊行されたものです。メッセージの活字化は、音にのせて伝わるのとまた違った歌詞の味わい方を教えてくれます。

その批判性のある歌詞は、VIBRASTONE結成直前の1985年に、近田春夫がPresident BPMとしてリリースした楽曲、『Mass Communication Breakdown』ですでに萌芽が見られます(『VIBE RHYME』にも収録)。マスコミに対する皮肉がこめられています。
少年たちの大好きな のぞき見ばっかの最低のT.V.ショウ ボクのまわりじゃ誰も見ない
最低のT.V.ショウ 最低のT.V.ショウ
(中略)
ホントーのタブーに挑戦してみてよ そしたらボクも応援するから
President BPM『Mass Communication Breakdown』(近田春夫『VIBE RHYME』収録)
数年前に、迫る2016年の改正風営法の施行により、クラブやライブハウスの営業・存続について巷で騒がれたことは記憶に新しいですが、VIBRASTONEは1987年の時点で当時の風営法について批判をしています。
土曜とか金曜とかの夜ぐらいはさ 少しくらいハメをはずしたっていいじゃないさ
十二時で終わるディスコなんてバカみたいじゃんさ
刑務所に入ってまで踊りたいなんてさ
そんなヤツがいるワケなんてねぇんだからさ
ハッキリ云ってひどい法律だと思うワケだからさ
(中略)
Hoo! Ei! Ho! は今世紀最後の禁酒法ってことさ
本気で守っちゃソンするバカだよそんなの見つからなきゃいいんだから
VIBRASTONE『Hoo! Ei! Ho!』(近田春夫『VIBE RHYME』収録)
そして1963年に当時の政策に対する抗議の焼身自殺をしたベトナムの僧侶ティック・クアン・ドックに向けられた、政権側の人間が発したショッキングな言葉を冠した楽曲『人間バーベキュー』の歌詞がこちら。体制への批判にあふれています。
政治家は名誉が大好き ボランティアーはやらない
(中略)
ほんとは奴隷がほしい
ほんとは差別していたい
ほんとはあいつころしたい
VIPでえばりたい
(中略)
フジだって朝日だってガスだって歌手だって
医者だって坊主だって神様だって
子供にあとを継がせるってことは おいしいからってことだぜ OK!
火炎放射器 このぐらい文句ないはずだ
動くな! 天国と地獄どっちへいきたい
人間バーベキュー
やわらかいしおいしいし黒焦げなら癌になる
オレの好きなバーベキューこの肉には味がある
VIBRASTONE『人間バーベキュー』(近田春夫『VIBE RHYME』収録)
VIBRASTONEの作品には、社会を皮肉った批判的な歌詞が痛快でありながら、聴いているリスナーへも疑問を投げかけ価値観に揺さぶりをかけるような歌詞が、この記事では到底紹介しきれないほどたくさんあります。興味が湧いた方はぜひ『VIBE RHYME』でその歌詞に触れてほしいですね。もちろん、サウンドも語り尽くせないほどファンキーでカッコイイですし、歌詞+音で完全な形になるわけですから、CDもチェックしましょう!
今や、批判性のあるバンドは国内外にたくさん存在します。ヘビーでエッジのきいた重厚なサウンドにのせて、過激な政治的メッセージを盛り込んだ歌詞を叩きつけるように歌う、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのような音も詞も攻撃性の高いバンドと比べてしまうと、VIBRASTONEのサウンドは軽くて聞きやすく、ボーカルも抑揚はありますがそこまで感情的ではありません。ともすればユーモラスであるかのように感じる可能性もあります。実際VIBRASTONEを初めて聴いた時に私はそう感じました(1980年代当時、リアルタイムでVIBRASTONEのサウンドその他がどう受け取られたのか私にはわかりませんが)。しかし、ポップでユーモラスな外皮をむくと中から猛毒の種子が顔を出すという、だからこそ毒性がより際立つような、新鮮な驚きがVIBRASTONEにはありました。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを知ったあとで聴くと、ひねりの利いた変化球のような面白みを感じたのは事実です(余談ですがレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは、先述の焼身自殺の僧侶ティック・クアン・ドックの写真を1stアルバムのジャケットに使用しています)。

実はこの『VIBE RHYME』、近田春夫氏のサインが入っている代物なんです! ただいまヤフオク!に出品中ですので、ご興味ある方はこちらからアクセスしてください。よろしくお願いします!(出品終了いたしました。誠にありがとうございました!)
古本屋 草古堂は、音楽関連書籍なども出張買取しております。古本の整理や処分でお困りの方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
小学生のころにあさのあつこの『No.6』に熱を上げたためかディストピアものに格別の思い入れのあるわたし店員Nですが、1年ほど前にとある小説を読んで、ディストピア、そしてユートピアに対する考えを根底からひっくり返されたような衝撃を受けました。
2009年に34歳で没した早世の天才、伊藤計劃。彼の、単独で書き上げたものとしては最後の作品となった『ハーモニー』。典型的なディストピアものと見せかけて、クライマックスでいっそ優雅にヴェールを脱ぎ捨て無機質で完璧な調和のとれた「ユートピア」を出現させるこの小説。

伊藤計劃は、デビュー作であり『ハーモニー』の直前の作品にあたる『虐殺器官』で個人的な「感情」に振り回され世界に混乱をもたらす人間を描き出し、そこから必然的に導き出される結論を、事実上の続編である『ハーモニー』という小説の形で発表しました。つまり、人間に「意識」「感情」がある限り、真の「ハーモニー(調和)」はありえないのだ、と。
そこまでは他の多くの作家も悟ったことでしょうが、彼ら彼女らはおそらく、ならばユートピアを諦めざるを得ない、という方向へ向かったことでしょう。「意識」「意志」「感情」といったものは、これまでずっと、とりわけ文学や哲学においては、ほかの何にも優先する人間の本質として扱われてきました。そうして「ディストピア」ものというジャンルが出来上がった。けれど伊藤計劃はその文脈からすこし外れて、脳科学や認知科学の研究結果に基づいて「ならそれらを消せばいい」という考えに辿り着いたのです。これまでの、各々の意識をもつ人間が互いへの思いやりによって成り立たせるユートピア像からひとっ飛びに、システムの一部としての人間の集合による無機質で完璧なユートピアを提示した。
作中でとある登場人物が主人公に対して、人間の「意志」は進化の過程で実装された後付けの機能に過ぎないからそれを取り払っても問題はない、というようなことを例を挙げながら淡々と述べてゆく場面がありますが、そこでわれわれ読者は盤石なものだと信じて疑わなかった足場が突如消えてしまったかのような不安に襲われます。そんなことはないと反論したい、しかしその圧倒的な説得力に、黙りこむしかない。
ハヤカワ文庫の新版(写真参照)の巻末に収録された「S-Fマガジン」の編集部によるインタビューでは、作者もそのことについて、「意識」「感情」に代わる人間の「その次の言葉」を探している、それがあってほしい、けれど今のところは見つからない、というニュアンスの発言をしていて、理知的な人間が溢したその発言の切実さに胸を打たれました。緻密に組み上げられたロジックの中のそのエモーショナルな部分が、この小説に彼曰くの「色気」、読者を引き込む魅力を与えたのでしょう。もし彼が生きて、作品を発表しつづけていたのなら、いつかはそれを見出して読者に示してくれたのかもしれない。そう思うと、それが永遠に叶わなくなってしまったことへの切なさが募ります。
また、同じインタビューで彼は、人称の問題について「誰かの物語でしかないんだったら、三人称を使うよりは一人称を使った方がいい。とすると、何らかの根拠がないと一人称では書けない」と述べており、『ハーモニー』はその思想を体現するような独特の「語り」の形式を採用している作品なので、そこにも注目して読んでいただきたいところです。
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