『寺山修司のラブレター』――愛の日々の記録

こんにちは、店員Nです。数日前には首都圏に珍しく大雪が降りましたが、皆様お怪我などありませんでしたか? 私はといえば、久方ぶりに目にする一面の銀世界についつい見惚れてはしゃぎ回っていました。

さて、前置きとまるで繋がらない内容で恐縮ですが、今回は、寺山修司と九條今日子、二人の愛の日々を綴った『寺山修司のラブレター』をご紹介したいと思います(寺山、海と青空のイメージが強すぎてその他の情景からいまいちうまく連想できないんですよね……)。

寺山修司のラブレター / 寺山修司、九條今日子 / 角川書店 / 2015
寺山修司のラブレター / 寺山修司、九條今日子 / 角川書店 / 2015

寺山修司が生涯を通じてのパートナーであった九條今日子に送った、恋人時代の純然たる恋文から晩年の興行報告混じりのものまで毛色も様々な手紙を中心に、彼女に捧げた短歌や二人の思い出のエピソード、共に運営した天井桟敷の記録等を掲載した大判本。

寺山の悪筆(というか、子供のような字というか……)を苦戦しながら追って、しばらくページを捲るとそこに活字で同じ内容が印刷されていたときは、思わずがっくりと項垂れてしまいました。ど、どこかにその旨を書いておいてほしかった……。皆様はこの徹を踏まないようお気をつけて。あの独特の文字を目を細めて解読するのもそれはそれで風情があって楽しいですが、活字を読む倍以上の時間がかかります。活字のほうには注釈もついているので、やはりこちらで内容を把握してから手紙を眺めるのがベターかと。

手紙の数からもわかる通り、寺山は言葉を尽くして、また手間も惜しまず九條に愛を伝えており、それに対して九條からの返信はさほど多くありませんが、4度挿入される「flashback 九條の回想から」をはじめとして時折挟まれる九條のモノローグは、どれも言葉少なながら込められた思いの深さを感じさせる情感に満ちていて、思わずはっとさせられます。

この本は、1.「手紙魔の恋―1960(昭和35)年」2.「恋人たち」3.「新婚時代―1962(昭和37)年」というように寺山・九條の関係性の移り変わりに合わせて章分けされているのですが、それぞれの章のはじめに掲げられた文章のセレクトも秀逸。個人的には、2章「恋人たち」の、「寺山がプレゼントしてくれる、人生の楽しみ方に夢中になっていた。」という、のぼせあがった雰囲気とこのカップルの非凡さが同居する一文がとても好きです。

ふたりの愛に満ちた記憶を辿ったあと、笹目浩之によるあとがきを読むと、とても美しいものを見届けた人の感動を分け与えてもらったような、愛おしい、けれど酷く切ない気持ちにさせられます。結びの2段落が、明るい筆致でありながら(むしろそうであるからこそ)胸を締め付けてくるので、ぜひ最後の最後まで丁寧に読んでみてください。

増田セバスチャンによるデザインも、洒脱でチャーミングなお二人の記憶をより鮮やかに、そしてどこか懐かしげに彩っていて、ほんとうに素敵な、ずっと大切にしたくなる一冊です。

この本を読んでお二人の無二の絆に浸ると、九條さんの著作『回想・寺山修司 百年たったら帰っておいで』に対する期待が俄然高まってしまって、最近は早く読みたくてうずうずしています。タイトルの時点でもう詩情が凄まじい。

古本屋 草古堂は、寺山修司関連書籍の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください。

……さて、このあたりでひとつご報告しておかなくてはならないことが。

わたし、店員Nの投稿は、今回で最後となります。
拙い記事ばかり書いてきましたが、すこしでもお楽しみいただけていたのであれば、それに勝る喜びはありません。
お読みになってくださっていた皆様方、本当にありがとうございました。

2018年春、シャーマンキング 新章連載決定!!

あけましておめでとうございます。どことなく浮足立った空気がたちこめ、軽快に話題が移り変わってゆくこの時期に長々とお話をするのも野暮な気がいたしますので、今回は、年明け一番に舞い込んできたとてもうれしい知らせを皆様にもお伝えしましたら、早々に筆を置こうと思います。

すでにご存知の方も多いかもしれませんが、こちらの記事で愛及び完全版への感謝を叫んだ漫画作品『シャーマンキング』の新章が、今春より連載されるそうです!! 元旦に20周年記念サイトが開設されると同時に告知がなされたようで、初めてサイトを開き、流れつづける恐山ル・ヴォワールを聴きながら武井先生のコメントを目にした時、じんわりと涙が滲んできました。

あの歌、詞は作中エピソード「恐山ル・ヴォワール」でマタムネが詠んだもので、それにひとりの読者の方が純粋な愛から曲をお付けになって初音ミクの歌唱で動画サイトに投稿され、作品ファンの間で静かに支持されていたのが公式の目に留まって恐山アンナを演じた声優さんにカバーされた、作品と、作品を想う読者愛と、それに胸打たれた関係者の皆様の愛が繋がって生まれたものなので、あのコメントの内容と重なって、もう……。

新章の内容については未だ一切明かされておらず、登場人物ひとりひとりにスポットを当てた前日譚は「0」で、葉とアンナの息子・花を主人公に据えた後日譚は「FLOWERS」ですでに描かれていますから、新章がどの時期を切り取ってくるのか想像もつきません。個人的には今のところ、葉とアンナの旅路編かな……? という気がしているのですが、こうして思いを馳せるだけでも心が温まってきて、帰ってきてくれてほんとうにありがとう、という気持ちでいっぱいです。

明後日7日(日)からは、こちらの記事ですこしだけ触れた、アニメ「カードキャプターさくら クリアカード編」の放送もはじまります。もう長いこと全力で愛を注いできた、そしてそれに応えてくれた作品に囲まれ、この上なく幸せな年明けを迎えることができました。みなさまの一年も、どうか幸せなものでありますように。

当店では、『シャーマンキング 完全版』やその関連書籍の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください

心ときめくアドベントカレンダーの思い出と『月光綺譚』

こんにちは、店員Nです。ついに12月に突入しましたね……月日の過ぎゆく速さにはつくづく驚かされます。

さて、12月の一大イベントといえばクリスマスですが、アドベントカレンダーをご用意された方ってどのくらいいらっしゃるのでしょう? クリスマスの訪れを心待ちに、12月1日から毎日ひとつずつ24の窓を開けてゆくカレンダー。窓の中に小さなお菓子が入っているものから、Diorの出しているもののような変わり種まで、実にバリエーション豊かです。本場ヨーロッパでは宗教色の強いものもあるようですが、ここ日本では日々に楽しみを添えてくれる娯楽のひとつとして親しまれています。

わたしも、幼いころはよく、チョコレートの入っているタイプのものをわくわくしながら開けては姉とはんぶんこしたものでした。ふたりともほんとうに小さな、ろくに分別もついていない子どもだったのに、なぜかどちらかが勝手に食べてしまうということもなく。もしかすると、こういったものは独り占めするよりも分かち合ったほうが楽しいのだと、子供ならではの嗅覚で感じとっていたのかもしれません。

さて、そういうわけで個人的にも浅からぬ思い入れのあるアドベントカレンダーですが、これとよく似たときめきを与えてくれる書籍に巡りあってしまいました。

月光綺譚 / 星野時環 / 空中線書局 / 2014
月光綺譚 / 星野時環 / 空中線書局 / 2014

それがこの『月光綺譚』。31枚の紙に印刷された31の掌編が収められており、12月のような31の日をもつ月のついたちから1日1枚読み進めてゆけば、ちょうど1ヶ月で1周するようにできているのです!!  どうです、この言いようのないわくわく感。アドベントカレンダーを彷彿とさせませんか!?  

この装丁の美しさ、何気ない日々に輝きを与えてくれるものとして完璧です。シンプルな品の良さがありながら、どこか遊び心も感じさせる佇まい。瑠璃色(奇しくもラピスラズリは12月の誕生石のひとつ)の地に銀箔押し特殊加工……。しかもこちら、実は別に特装版がありまして、このクオリティで通常版なんですよ……。といっても、限定200部の品ではあるのですが。

それぞれの掌編のタイトルも「お星様の作り方」「月光症候群」「流星Nite倶楽部」等、想像力をかき立てるものばかりです。題は目次からあらかじめわかっているだけに、1日に3枚4枚と読んでしまいたくなる誘惑と戦うことになるのが目に見えるよう。

こういった楽しく美しく素敵なものが何気なく世の中に存在している幸いに感謝しながら、今晩ベッドの中でじっくり1枚目を味わおうと思います。

古本屋 草古堂は、クリスマスの絵本や装丁の凝った書籍の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください

只今、幕張店のワゴンにクリスマス絵本コーナーを設置しておりますので、お近くにお来しの際はぜひお立ち寄りくださいね。それでは皆様、どうかよい12月を。

『レストー夫人』――物語の中の少女は、ページの外へ出られるか?

あらすじに目を通しただけで、「これは絶対自分の感性に合う」と確信を抱く作品ってありませんか? 不思議なことに、そういったカンはたいてい外れないんですよね……。幸運にも、最近またそんな作品に巡り会えたので、ご紹介したいと思います。

三島芳治作の『レストー夫人』。とある学校で毎年、2年生の7クラスが同じ「レストー夫人」を違った演出で上演する、という設定に惹かれ購入。一時期戯曲の翻案について学んでいたからか、各クラスがどんな「レストー夫人」を作り上げるのかをオムニバスのような形で追っていくものかと予想していたのですが、実際はだいぶ違っていました。

この『レストー夫人』は、「劇の中の女の子のような言葉で会話する」少女・志野襟花を軸として、劇の稽古を進めるなかで彼女のクラスメイト達にスポットを当てながら展開される、2年2組ただ1クラスの個々人とその関わり合いの物語だったのです。

『レスト―夫人』 / 三島芳治 / 集英社 / 2014
『レスト―夫人』 / 三島芳治 / 集英社 / 2014

ラフながら決して雑には見えない線で描き出されたシンプルな画面に、ところどころ、印象的なフレーズが散りばめられています。

「志野と話したあとは 他の友だちとおしゃべりする時みたいな 運動のような疲れがまったくなくて 一人で静かに外国の本を読んだあとのような気分になった」(p.16)

「きっとお話がたくさん必要なんでしょう 子供や 学校や 街や この地球(ほし)に」(p.34)

「自分のまわりを上手にお話にしてる人の雰囲気があるもの」(p.67)

「まるで狼に育てられた狼少年みたい お話の中だけで育ったから だからこんななのね 不自然でしょう言葉遣いも 女の子の模型よ」(p.123)

物語の主人公の名前を子供の名前に置き換えて話すという教育メソッドを受けて育てられたために「外の世界に出てもいつもお話の中にいるよう」に感じ、自身を「模型」「怪獣(キメラ)」と称する志野をはじめとして、あるはずのない「印(めもり)」が視える川名、考えていることを「発表しない」主義で徹底して言葉を発さない鈴森、「公式な言葉の使い方」を覚える前に腹話術を会得しそれを活かして鈴森に声を当てることになった井上、模型を愛し、志野への質問を通して彼女の全体像と真実を描き出してゆく石上、そして彼ら彼女らを見つめ、「志野が主人公の物語」を書いているかのような錯覚のなか稽古の様子を書き留めてゆく記録係・鈴木。

みなそれぞれに個性的で(つまりどこか変で)魅力に溢れた登場人物たち。

なかでも独特の立ち位置にいるのが、衣装係という役割を与えられた作中の人物でありながら、志野という物語の「読者」でもある衣装係・石上。彼は、上に引用した志野の発言(「まるで狼に~」)を受けて、同じく志野の「読者」である鈴木なりの志野解釈を咀嚼したのち、女の子の模型なんていなくて、そう思い込んでる変な女の子が一人いただけ、と返すことになるのですが、その場面を見ていると、人が言葉で人を救う瞬間を目の当たりにしたという感慨がこみ上げてくるんですよね……。

自分は物語の中でしか生きられないと思い込んでいた志野が、戯曲の登場人物を演じる過程で鈴木と石上という観察者に読み解かれて現実に自分を見出すというのは、なんとも運命のいたずらといった趣があります。つい微笑んでしまいそうになる類の。

この作品は4章構成となっており、それぞれの章は、その章の中心人物によるモノローグと、その人物とクラスメイト達との対話によって織りなされます。読んでいるときの感覚としては一人称小説のそれに近く、これは「この子たち自身の物語」なんだと確かに感じさせてくれるその語り口は、学校という舞台設定もあいまって、繭の中のような柔らかさと隔絶性を伴いつつ物語全体を包みこんでゆきます。

志野がいくら「お話の中」の自分に倦んでいたとしても、その幻想が、それまで信じ続けてきたものが壊される以上、彼女は相応の痛みを覚えてもおかしくなかったはず。だというのに、彼女の得た幸いばかりを伝えてくる仕上がりになっているのは、そこに至るまでに作られてきた空気感のおかげでもあるのでしょう。

作中において他のクラスの「レストー夫人」については数言しか触れられず、読者がその詳細を知ることはないので、どんな子たちがどのようにしてどんな「レストー夫人」を作り上げたのか、ついぼんやりと思いを馳せてしまう今日この頃です。

巻末には「燃えろ、ストーブ委員」と「七不思議ジェネレーター」という2本の短編が収録されています。個人的には前者の押し付けがましくないメッセージ性がとても好ましかったので、こちらもぜひお読みになっていただきたいところ。

古本屋 草古堂は、演劇に関する書籍の買い取り大歓迎です!! 出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください

原田マハ『サロメ』と「怖い絵」展――オーブリー・ビアズリーの描いた怪女

10月7日、兵庫で人気を博した「怖い絵」展が満を持して東京・上野の森美術館にやってきます。中野京子著『怖い絵』の刊行10周年を記念して開催されているこの展覧会にてオーブリー・ビアズリーの絵画が展示されるということで、今回は、ビアズリーとオスカー・ワイルドの関係性に着目して織りなされた小説、原田マハの『サロメ』をご紹介したいと思います。

サロメ / 原田マハ / 文藝春秋 / 2017
サロメ / 原田マハ / 文藝春秋 / 2017

この小説はいわゆる枠物語になっていて、ビアズリーとワイルド、それぞれの研究者の邂逅から額縁部分が組み上げられてゆき、未発表の『サロメ』の挿絵が登場したところで、時代を遡って鬼才オーブリー・ビアズリーの物語が始まります。語り手は彼の姉であるメイベル・ビアズリー。この内側の物語の中でもさらに時系列は錯綜し、オーブリーの死の間際から幕が開くため、物語を通して不穏な陰がつきまとい、読者は姉弟を待ち受ける破滅がいつ襲い来るのかと恐々としながら(あるいはその瞬間をこそ期待しながら)ページをめくっていくことになるでしょう。

まだ無邪気に描くこと・演じることを楽しんでいた子供時代から、時を経るにつれて芸術の悪魔に魅入られてゆく弟と焦燥に駆られ手段を選ばなくなってゆく姉、作中でたびたび怪物と称されるワイルドとの出会い、豹変してゆくオーブリー、弟をワイルドの魔手から奪い戻さんと罠を張りめぐらせるメイベル……。

それぞれの欲望と激情と執着に忠実に駆ける登場人物たちによって描き出される物語は、われわれ読者をその疾走に巻きこみ逸らせる力を備えています。

ワイルドとオーブリーの耽美で愛憎渦巻く関係性や芸術家の狂気が話の中心となってはいるものの、それを物語るメイベルもとても魅力的な人物。弟を画家としての成功へ押し上げるため、そして自身が名のある女優となりスポットライトを一身に浴びるために、ときには劇場主と夜を共にし、またあるときにはワイルドとオーブリーの繋がりを決定的なものとする筈であった翻訳原稿を密かに売り渡し、と暗躍します。物語の半ばまでは、ともすれば天才芸術家ふたりに振り回される凡人の役回りかとも思われるのに、その実最終的には自身の仕掛けた罠によってすべての破滅を招く、嵐のような、あるいは虚しい道化のような彼女。

『嵐ヶ丘』のキャサリン・ロックウッドや『白痴』のナスターシャ・フィリッポヴナといった苛烈で狂気的で物哀しい女性特有の魅力を、運命の女と呼ぶにはやや役者不足ながらもたしかに漂わせる人物なので、その方面がお好きな方にもおすすめできる作品です。

「怖い絵」展の会場では、ビアズリーが『サロメ』に寄せたすべての挿絵が印刷されたバンダナスカーフや、その中でも衝撃的な一枚、銀の大皿の上で血を滴らせるヨカナーンの首を掴むサロメが描かれた《踊り手の褒美》がプリントされたマグカップが販売されるそうです。赤と白と黒というコントラストのくっきりとした色使いもあいまって、どちらもビアズリーの絵に相応しい迫力を醸し出しています。

ところで、この展覧会、グッズに心惹かれるものが多すぎませんか……? 「サロメ」関連のものの他にも、展示される絵画の中に登場する女性をピックアップした缶ミラーあたりはもう、数奇な運命を辿った女性やファム・ファタール、神話に登場するような並外れた女を偏愛する層を狙い撃ちですし、「キルケー」と「セイレーン」をイメージしたバスソルトだなんて背筋を凍らせるような代物も。なんというか容赦のない品が多すぎて(しかもホームページに紹介されているのは一部)、興奮のあまりお財布の中身を捧げ尽くしてしまいそうですが、どうにか踏みとどまりたいと思います……。ああでも、怪物的な女やこの世ならざるものに破滅させられるのはむしろあるべき流れなのでは……?

古本屋 草古堂は、中野京子や原田マハの著作、オスカー・ワイルド/オーブリー・ビアズリーに関する書籍の買い取り大歓迎です。出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください