俳優、デザイナー、エッセイスト、映画監督……マルチ才人の頭のなかを覗きに『伊丹十三記念館』に行った

先日愛媛に行く機会があり、こんなチャンスはめったにないとばかりに、以前から行ってみたかった『伊丹十三記念館』へ行ってきました。愛媛県松山市は伊丹さんが高校時代を過ごした地であり、彼の父、伊丹万作の出身地です。松山の銘菓一六タルトのCMを製作・出演したことがきっかけで、のちの伊丹プロダクション社長・玉置泰さんと出逢い、彼の出資で映画監督デビュー作『お葬式』ができることも考えれば、松山の地がいかに伊丹さんと所縁があるかが分かるかと思います。

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伊丹十三記念館

松山の街を通る国道からわずかに外れた細い川のほとりに、突如としてシックでモダンな建造物が現れる。入口そばの車庫には伊丹さんの愛車ベントレー・コンチネンタルが。ここが伊丹十三記念館。異世界に訪れたようで、耳では聞こえるはずの国道そばの喧騒をすっぱり遮断させられるような、力のある佇まいでした。

僕が「イタミジューゾー」という言葉を知ったのは、小学校低学年の頃にTVで見た、ご存知大ヒット作『マルサの女』がきっかけでした。子どもだったので内容はハテナ? でしたが、宮本信子のおかっぱ頭が印象的で、有名なメインテーマも子供心に「へんてこな音楽だな」と思いつつ強烈に耳に残っていました。今考えると普段耳馴染みのない5拍子のリズムなんですが、当時幼かった僕といとこが、例のサックスのメロディーに勝手に歌詞を付けて歌っていたほど、実はキャッチーでよくできた楽曲だったんだなあと気付きました。 続きを読む 俳優、デザイナー、エッセイスト、映画監督……マルチ才人の頭のなかを覗きに『伊丹十三記念館』に行った

「待ってました!」の声響く 柳家喜多八 独演会 “喜多八膝栗毛 冬之寿(ことほぎ)”

新年あけましておめでとうございます。とは言うものの、もう年越しから幾日か経っております。届いた年賀状の返事はまだ書けていません。筆無精の店員Tです。本年もよろしくお願いします。

新年といえば初笑い、ということで1月6日に落語家柳家喜多八(やなぎやきたはち)師匠の独演会を見に銀座博品館劇場へ行ってきました。

落語が面白そうだということに感づいたのが去年の夏の終わりぐらい、ついこないだなんですが、動画や音源など残っている作品に触れることはあってもなかなか寄席に行くことは初心者にはハードルが高く思えました。しかし新宿末廣亭という寄席では土曜の夜に「深夜寄席」があって、二つ目(落語家さんの階級。「見習い」「前座」「二つ目」「真打ち」の順に上がっていく)の落語家さんのネタを4人分楽しめて500円という魅力にやられ、昨年の秋に私は初めて寄席を体験したのです。深夜寄席に通ううち、ある回で「熊の皮」という噺を初めて聴き、気になって「熊の皮」を調べたところ、柳家喜多八師匠の高座を発見、その面白さの虜になりました。

「深夜寄席」はワンコインという安さと、仕事帰りにいける時間帯という魅力があるのですが出演する落語家さんは全員「二つ目」です。もちろん「二つ目」でも面白い落語家さんはたくさんいらっしゃいますが、やはり「真打ち」の話芸を楽しんでみたい、見るのであれば惚れた師匠の独演会が見たい、ということで柳家喜多八師匠の独演会のチケットを購入するに至りました。

喜多八膝栗毛

私が喜多八師匠の何に魅せられたかといえばまず、声! 大事なことだと思うんですよ。話芸ですから、声の好みっていうのは非常に重要。これがまた色っぽさと飄々とした軽さを兼ね備えたいい声なんです。あと、イケメンであること! お着物ももちろんお似合いですが、トレンチコートとボルサリーノが似合うダンディで甘いマスク。あの瞳で見つめられたらご婦人はもう、たまらないですよ。ダンディな声とダンディな顔のコンビネーション、バッチリです! あとはウィキペディアの文章を引用するならば、

渋みのある声質ながらとぼけた雰囲気を持ち、出囃子からけだるい雰囲気で座布団に座り、一見やる気のない枕から、いつの間にか熱演に引き込み、爆笑をさそう

といったところです。そうなんですよ、初めて喜多八師匠の音源を聞いた時に「あんなしんどそうな枕から、こんなメリハリの聞いたパワフルな噺ができるなんて」と驚いたものです。そしてとぼけた中に皮肉がぴりっと効いた枕。私はとても好みです。 続きを読む 「待ってました!」の声響く 柳家喜多八 独演会 “喜多八膝栗毛 冬之寿(ことほぎ)”

野坂昭如さん、ありがとうございました。

昨日12/9の夜、『火垂るの墓』の作者として知られる作家の野坂昭如さんがお亡くなりになりました。2003年に脳梗塞で倒れられてから奥様に支えられての自宅介護が続き、右手が不自由ながら奥様による代筆で作品を発信し続けましたが、昨日自宅ベッドで意識がない状態であったのを発見され、その後病院で死亡が確認されました。85歳で旅立ってしまった。

八面六臂の大活躍で多作な野坂さんだったものですから、全ての作品に私は触れられていませんが、野坂さんの文体がとても好きでした。ワンセンテンスが長いけど、露天商の口上のような独特なリズムがあるので淀みを感じず、むしろ調子を取りながら文字を目で追うのが心地よく、それでいて内容も頭に不足なく入ってくるので、句点のあと次の長文を欲しがるように作品に没頭しました。 続きを読む 野坂昭如さん、ありがとうございました。

ちくま文庫『路上観察学入門』に見る林丈二氏の飽くなき好奇心

中高生のころにクラスの友達でよく『VOW』を回し読んでいました。街にある面白い看板や新聞・雑誌・チラシの笑える誤植などを集めて本にしたもので、今現在ネットでおもしろ画像として取り上げられるものの元ネタは、過去に『VOW』で取り上げられたものであることも少なくありません。

このようなおもしろ可笑しい看板などを取り上げていた。
このようなおもしろ可笑しい看板などを取り上げていた。

その十数年後、大人になった私は『路上観察学入門』という本に出会います。読後に「ああ、ガキの頃に回し読みしていたVOWのおもしろ看板も、一種の路上観察学だったのか」と気付きました。

ちくま文庫「路上観察学入門」。私物です。カバンの中でお茶に濡れてしまったのでシワとシミがあります……
ちくま文庫『路上観察学入門』。私物です。カバンの中でお茶に濡れてしまったのでシワとシミがあります…

赤瀬川原平藤森照信南伸坊などを中心に結成された路上観察学会が、1986年に『路上観察学入門』を上梓します。「路上観察学」とは、文字通り路上を観察し、世間一般がそれまで観察したり観賞したりする対象として意識しなかったものにクローズアップし、研究・発表するという役に立たないヒマつぶし学問です。路上観察学の研究対象として本書に挙げられているものは様々で、変わった建築物や張り紙・看板はもちろんのこと、マンホールの蓋、ドブ川に浮いているもの、解体された建築物の欠片、放し飼いにされた犬の歩きまわるコース、旅行中に見かけた犬のフン、オナラをした時の場所・時間・音の記録など、もう何でも学問にしてしまっているのです(こういった題材をあえて「学問」とすることに面白味があるわけですが)。 続きを読む ちくま文庫『路上観察学入門』に見る林丈二氏の飽くなき好奇心

“伝説の大道芸人” ギリヤーク尼ヶ崎『鬼の踊り 大道芸人の記録』

何年か前、夜更かししていた私は、目当てのTV番組もないままに深夜放送を適当にザッピングしていたが、コロコロと画面が切り替わる中でとあるドキュメンタリー番組に眼を奪われた。街頭で、白塗りをしたお爺さんが長い髪を振り乱し、着ている和服が乱れんばかりに踊り狂っている様子が画面に映しだされたのだ。ついにお爺さんはフンドシもあらわな半裸状態になり、路上に転がった。お爺さんをぐるりと取り囲む人だかりから拍手喝采が浴びせられる。それは舞踏の公演だった。私はすぐにビデオの録画ボタンを押し、録画しながらもチャンネルはそのまま、番組から眼が離せなくなった。

ギリヤーク尼ヶ崎以上が “最後の大道芸人” と称されるギリヤーク尼ヶ崎氏を、私が初めて知った時の様子。深夜の偶然の出会いで度肝を抜かれ、興味を持って調べてみると、1930年北海道の生まれで、舞踏家であったが38歳の時に大道芸に転向。以来街頭での公演を続けているとのこと。主な演目は「念仏じょんがら」「じょんがら一代」など。伊丹十三監督の映画にも俳優として出演しており、「タンポポ」では舌の肥えたグルメなホームレス集団の一人を、「マルサの女」では山崎努氏に宝くじを売りつける役を演じていたと知った時には、あの役を怪演していた人が舞踏家だったとは! とさらに驚いた。 続きを読む “伝説の大道芸人” ギリヤーク尼ヶ崎『鬼の踊り 大道芸人の記録』