ちくま文庫『路上観察学入門』に見る林丈二氏の飽くなき好奇心


中高生のころにクラスの友達でよく『VOW』を回し読んでいました。街にある面白い看板や新聞・雑誌・チラシの笑える誤植などを集めて本にしたもので、今現在ネットでおもしろ画像として取り上げられるものの元ネタは、過去に『VOW』で取り上げられたものであることも少なくありません。

このようなおもしろ可笑しい看板などを取り上げていた。
このようなおもしろ可笑しい看板などを取り上げていた。

その十数年後、大人になった私は『路上観察学入門』という本に出会います。読後に「ああ、ガキの頃に回し読みしていたVOWのおもしろ看板も、一種の路上観察学だったのか」と気付きました。

ちくま文庫「路上観察学入門」。私物です。カバンの中でお茶に濡れてしまったのでシワとシミがあります……
ちくま文庫『路上観察学入門』。私物です。カバンの中でお茶に濡れてしまったのでシワとシミがあります…

赤瀬川原平藤森照信南伸坊などを中心に結成された路上観察学会が、1986年に『路上観察学入門』を上梓します。「路上観察学」とは、文字通り路上を観察し、世間一般がそれまで観察したり観賞したりする対象として意識しなかったものにクローズアップし、研究・発表するという役に立たないヒマつぶし学問です。路上観察学の研究対象として本書に挙げられているものは様々で、変わった建築物や張り紙・看板はもちろんのこと、マンホールの蓋、ドブ川に浮いているもの、解体された建築物の欠片、放し飼いにされた犬の歩きまわるコース、旅行中に見かけた犬のフン、オナラをした時の場所・時間・音の記録など、もう何でも学問にしてしまっているのです(こういった題材をあえて「学問」とすることに面白味があるわけですが)。

本書の中で赤瀬川、藤森、南の三氏に編集者の松田氏を加えた座談があるのですが、その中で “神様” とまで言われている人物がいます。マンホールの蓋について研究した書籍『マンホールのふた』を発表した林丈二氏です。林氏の観察対象はマンホールや、先に上げた犬のフンやオナラだけではありません。

  • 改札鋏で切った切符のくずのほうの収集(無論、自動改札になる前)
  • 外国のホテルの部屋のチェック(洗面台の水道の種類・くずかごの形や材質・ハンガーの数・天井灯の有無・電話は壁掛けか卓上か、などなどかなり細かい! )
  • 半年間同じ店で買ったアイスの当たり外れの割合
  • 穴あきブロックのパターン
  • 歩き回って靴の底についた砂を収集し小瓶に入れて保管、etc……

さすがは神様です。記録・コレクション対象が硬軟とりあわせて(何が “硬” なのかというツッコミはあるでしょうが笑)広範囲に及んでいます。

座談の中の発言では、林氏の路上観察にはウケを狙ったり、何かのためであるという大義が全くなく、しかも林氏ご本人曰く “なぜそうなったか分からない” のだそう。確かにウケを狙うならもっと他人の目をひくような派手めなものを対象に選びそうです。靴の底の砂になんてまず着眼しないでしょう。「こんなものを収集・研究したらナンセンスでウケるかな? 」といったような奇をてらったところがないうえに、内容がなんとも微に入り細に入り記録されている。純粋な興味、いやそれを超えて “業” としか説明できない仕事量だと思いませんか。旅行先で犬のフンを見かけてはいちいち記録したり、同じ旅行期間中にしたオナラの回数の合計および一日の平均放屁回数、極めつけに放屁音BEST10(ちなみに1位は “ブウッ” と “ブウ” )などを記録できる人間が果たして何人いるでしょうか。奇をてらったり、まとめて本にして小銭を稼ごうというような欲求程度では気力体力が続かないでしょう。林氏にとって、生きることそのものが記録・研究の対象になりえるのです。

では最後に、路上観察学の現人神、林氏の芸の細かさに私が “ゾッとした” 画像をご覧いただきたいと思います。

林丈二「街歩き用小道具」

画像は本書内にある、林氏が普段持ち歩いているものをご本人が図解したものです。さすが本業がイラストレーターだけあって分かりやすい絵で、見ているだけでワクワクします。「ぶ、分度器……? 」という疑問は脇に置いておきましょう。それぞれの持ち物にわざわざサイズや重さを書いているのを見た時、私はその細かさにクスっと笑ってしまいました。前の章で「林丈二・ファーストインパクト」の衝撃を受けた後なのでクスッどまりで済んだわけですが、直後に画面の右下の隅にある小さな数字が目に入りました。「3569g」……私はハッと気づいたのです。それが街歩き用グッズの重さの合計であることに。誰にも頼まれていないその合計重量をわざわざ計算し、図の隅にしれっと書いた。それぞれの重さを書いたんだから合計も出すでしょ、とさも当たり前のことのように。きっと息をするが如く自然に行われたであろう一連の行為、その細かさの不意打ちを受けた時、私は「この人は……業が深いな……! 」と戦慄を覚えたのです。

林氏ほどではないにしろ、私達も感受性のアンテナの角度を少し変えてみるだけで普段の何気ない生活の中に、観察に値する何かを発見できるかもしれません。

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店員T

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