プロ棋士の先崎学さんが、2017年にうつを発症し、回復するまでの一年間の闘病記です。
至極ひょうひょうと軽やかな文体で、とても読みやすいエッセイです。うつの闘病記ですが重苦しさは感じません。私はこの本を読むまで先崎さんのことを存じ上げなかったのですが、読後、動画などで先崎さんを拝見したら、文体のとおりの見た目と声に嬉しくなりました。
うつにより無反応、無感動、無気力であった著者がすこしずつ自分をとりもどしていくまでを書いています。
後半は寛解間近の、感覚や感性を取り戻した時期に、リアルタイムの自分について書いていて、将棋界への復帰直前ということもあって文章のドライブ感がすごいです。まあ、うつの最悪なときは床に伏せっているか散歩しかなく、無感動状態なのでドライブしようがないんですけども。小さかった芽が幹になっていくような力強さ。うつろな目に光が宿ったあとの、意志をもった人によるイキイキとした文章にいっそう惹きつけられます。
先崎さんの場合は、実兄が精神科医であったことが救いのひとつであったと思います。医者から患者への断言をさけた説明でなく、兄から弟へ、身内にむけた遠慮のない意見がむしろ力強かったことでしょう。「うつ病はかならず治ります」この一文がどれだけ支えになったことでしょうか。
そしてもうひとつは間違いなく、将棋があったこと。少年期にいじめられ、教師にも恵まれなかった彼を腐らせず育ててくれた将棋(と将棋界)は、再起への希望となっただけでなく、将棋を打つ時の感覚で自分のコンディションを把握できる、先崎さんオリジナルの体調管理方でもあったのです。まさに芸が身を助けたのです。
読後に先崎さんの復帰戦の動画を拝見しました。自分の勝ちを読みきってか、ぶるぶる震える手で駒をうち勝利をもぎとる姿は感動ものでした。