作中の和菓子が、読んでいるだけでなんとも美味しそうで思わず虚空をほおばりたくなります。
江戸の街で家族3人が切り盛りする小さな和菓子屋を舞台にした、人情あふるる時代小説です。
とても読みやすく、かつ過度に説明的でなく、情景や表情、しぐさで心情を語ってくれるきれいな文章です。和菓子のおいしそうな表現も素晴らしいですし、町人たちの気さくさ、子供のけなげさ、職人の矜持、武士家系の苦悩などがそれぞれ互いに作用しながらドラマが展開され、物語として読み応えもあります。
章ごとに1個の和菓子がピックアップされるのですが、その和菓子が人と人をつないだり、気持ちを代弁したりとドラマに彩りを添えます。主人公がつくるまんじゅうや餅、せんべいなど様々な和菓子の上品かつ親しみやすい佇まいが、そのまま主人公家族を表していて微笑ましいです。
個人的には時代小説を読むのは初めてでした。本屋で表紙の大判焼きの絵を見た時、自分の甘いもの好きな性分から思わず手を伸ばしたのがきっかけでしたが、よい時代小説デビューであったと思います。
調べてみると作者の西條奈加さんは、いわゆるかっちりとした重厚な時代小説というよりは、ファンタジー色の強い「江戸ファンタジー」な作風のものや、現代ものも手掛けているらしく、それらのものも気になりました。もちろん今作の続編である「亥子ころころ」もチェックします。