伊藤礼さんと友達になりたい―伊藤礼『ダダダダ菜園記 明るい都市農業』

執筆時80歳ちかいおじいちゃんである筆者の、12坪の庭先農場で奮闘する日常が飄々とユーモラスに語られるエッセイです。

『ダダダダ菜園記 明るい都市農業』(伊藤礼/ちくま文庫/2016年)

とても好みの作品でした。文体も、著者の目線や感受性もすごく刺さりました。エッセイの好みとしてはストライクです。家庭菜園に興味が1ミリもなくても楽しめること請け合いです。

目線は至極フラットです。きっとそもそもの素質もあるのかもしれませんが、作物や畑の環境、そして季節の移り変わりに気を配る農業を楽しむ筆者は、万物を「観察」の目線でフラットに眺めているのかもしれません。自然や他人にはもちろん、自分に対してもフラット。カッコつけが一切ありません。野菜を、やってくる害虫を、ホームセンターの店員を、著者の家人を、すべてフラットに観察しています。

文体は「だ・である調」ですが重さはなく、柔らかさを感じつつ丁寧な描写。
しかし描写が律儀なほど丁寧すぎて、それが独特なユーモアを生んでいます。そしてユーモアが80ちかい爺さんのそれじゃなく、20代の方でも「ふふ」と笑いながら読めるのではないかと思うほどです。

話が横道にそれたままになって文字数が尽きたり(連載であったため)、自分でもそれを自覚して無理やり話を戻したりと、半ばお家芸のような「果てしない余談」がまた面白い。自分に素直すぎて余談にページを割いてしまう可愛らしさ。シビンの使用法、一目惚れで買った耕運機を買ったまま使わない理由さがし、シオカラトンボの交尾などの笑える余談に大いに楽しませてもらいました。

伊藤礼さんをこの作品で初めて知りましたが、いま一番友達になりたいおじいちゃんです。

伊藤礼さん

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年末年始休業のお知らせ (2021→2022)

年末年始は下記のとおり休業いたします。ご不便をおかけすることと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。休業期間中にいただいたお問合せ・ご入金につきましては、1月4日から順次対応いたします。

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肉を食べていきること。―内澤旬子『世界屠畜紀行』

筆者がモンゴルにて、羊を目の前で解体され振る舞われたことをきっかけに「屠畜」に興味を持ち、海外と国内の屠畜の現場を回ったルポです。文庫で450P以上と長いですが、各国の屠畜を通じて文化人類学、歴史、動物の情動、宗教観、日本特有の差別の構造にも触れ、興味が途切れることなく読めました。

『世界屠畜紀行』(内澤旬子/角川書店/2011年)

オリジナルの単行本は2007年に発表されてますが、それ以前にも屠畜・屠殺を題材にした本は多く出版されています。しかし屠畜をこのようなポップな装丁、感性、文体で本にしたことは凄いと思います。当時話題になりましたし、多くの人の価値観への見事なカウンターとなったのではないかと想像します。

文体および文中の著者の振る舞いは、よく言えば天真爛漫、悪く言えば(著者ご本人も文中で書いてますが)不躾で、著者の素直なリアクションが伝わってきます。素直ということは当然、著者のバイアスもそのまま文中に現れるので、動物愛護の気持ちの強い人などからしたらケンカを売られているように感じる物言いも見られます。そのあたりは読者の好みによりますね。

基本的には、動物が気絶させられたり、ノドを捌かれ吊るされたり、皮を剥がされたりする場面においても終始ネガティブな反応はほぼなく、ワクワク!な筆者ですが、文中で一箇所だけ著者が「かわいそう」と思う場面があります。それは肉の需要量に応えるため、人工授精によって牛を増やしている現実に触れた時です。人間の都合で自然な繁殖である「交尾」をせずして生涯を終える牛がいるということを知った時の筆者の心情はワクワク!の時と対照的で印象に残っています。

日本の食肉文化の歴史は世界的に比べて浅く、そのうえ現代は家畜を飼う一般家庭も少ない。「動物を殺して生きている」という感覚は極限まで薄められています。ベジタリアンではないわたしとしては、動物がどういう風に肉へと加工されていくのかを見ずして美味しい思いだけするのはフェアではないと思ったので(フェアにはなり得ないとも思っていますが)、屠畜の現場の動画を目を逸らさずに視聴しました。おそらくその動画は動物愛護的観点に偏った編集がされていて、外国の特に残酷なものであったと思いますが…。あとはお肉を食べられることに感謝を忘れないようにしようと思います。

個人的な話ですが、わたしの幼少期に母は移動販売業をしており、顧客の中にたまたま屠畜場で働く人がいて、学校を終えたわたしの送り迎えのついでに仕事のため2、3回ほど屠畜場へ母はわたしを連れて行きました。そこでわたしは初めて吊るされた大きな枝肉を見て、「本当にあの『牛』が『お肉』になるんだ」と悟ったことを読後に思い出しました。そして今思えば母は屠畜業に対する差別がなかったのかもしれないと気づき、今更ながら母を尊敬しました。

日本の屠畜場は世界に比べて衛生面ではトップクラスであり(その分めちゃくちゃスタッフさんが働いてくれている)、日本産の肉を食べられていることはとてもありがたいことだと改めて感じました(ま、食肉偽装という別の問題はあるでしょうけれど…)。

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ストリートから、世界的なダンサーへ ドキュメンタリー映画『リル・バック』

現在公開中のドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』を鑑賞してきました。

1988年にシカゴで生まれたリル・バックは、犯罪が多く物騒なメンフィスで育ちますが、ストリートダンスに出会い、ダンスに魅了されるうち、奨学金でバレエのレッスンにまで通い、ストリートとクラシックをミックスした独自のダンススタイルを確立。世界的な表現者たちの目に止まり、今や世界を飛び回るダンサーとして活躍しています。

映画『リル・バック ストリートから世界へ』は、リル・バックのこれまでの歩みを、リル・バック本人、ダンス仲間、家族、共演したクリエーターたちのインタビューと、リル・バックたちのダンスが見られるミュージカルシーンで構成された映画です。

治安の荒れたメンフィスで育つも「ダンスがあるからギャングにならなくてすんだ」とインタビューでは語られますが、母親の育て方もリル・バックを悪の道から守ったことは映画を見れば分かります。ダンスの練習に明け暮れるために一週間でスニーカーを履きつぶしてしまう彼に、その都度あたらしいスニーカーを買い与え、彼の夢を全力でサポートしたのです。「夢を持ちなさい」と子どもたちに説いてきた母親のインタビューが私は一番胸に残っています。

ダンスに詳しくない私でも、リル・バックのダンスは素晴らしいと思います。スニーカーでもトウシューズのようにつま先立ちで体勢をキープし、荒れたコンクリートの上でも滑るような足運び、そして白鳥が身を折りたたむような関節の柔らかさ。ストリートのイメージにない気品を感じるダンスです。まさにストリートとクラシックの融合。

リル・バックは世界的チェリスト、ヨーヨー・マの目に止まり、招かれたパーティーで二人は共演。ヨーヨー・マの奏でる『白鳥』の調べに合わせて、帽子からスニーカーまで全身黒尽くめのリル・バックが、まるで美しい白鳥のように羽ばたき、舞い、身を折りたたむ。その場にいた人からは大きな拍手が送られ、会場に居合わせていた映画監督のスパイク・ジョーンズがその様子を携帯電話で撮影しており、ネット上にアップされるや否やリル・バックは世界中に注目されたのです。

この映画の原題は『LIL BUCK  Real Swan』ですが、まさに『みにくいアヒルの子』のように、けして裕福でない、治安の悪い場所で育った彼が美しい白鳥として世界に羽ばたき、成功を掴む姿に感動しました。

機会があれば、ぜひ映画館へ。もちろん、くれぐれもウイルス対策を万全にしてくださいね。

《作品ホームページ》http://moviola.jp/LILBUCK/

ポケットに写真集をしのばせて過ごそう

筆不精って治らないものですね。店員Tです。

時が経つのが早くなったもので、気がつけば前回のブログ記事投稿から1年が経っていました。歳を取ると時の流れが早く感じるといいますが、特にこの一年は年明けからの新型コロナウイルスの大流行により、"失われた1年"になったおかげであっという間に11月です。またぼちぼちブログ投稿していきたいと思ってはいるんですが……

写真展が好きでよく見にいくのですが、やはり気に入った展示会や作者のものは図録が欲しくなります。しかし写真展図録・写真集は判型が大きくなりますよね。判型・サイズはその写真の情報量にモロに影響します。写真については「大きいことはいいことだ」と思っていて、だからこそ展示会で大きく引き伸ばされた写真を見たいのですが、本は家で読むより持ち歩いていたい気持ちが私はあるので文庫サイズの写真集はとてもありがたいです。

今持ち歩いているのは、ちくま文庫の『木村伊兵衛 昭和を写す 2 よみがえる都市』です。

『木村伊兵衛 昭和を写す 2 よみがえる都市』(田沼武能 編/筑摩書房/1995年)

やっぱり昭和の町並みってフォトジェニックなんですよね。令和の今に生きている私がどうしたって現に触れることのできない過去の町や人びとって、もはやファンタジックですらあります。幻想的でありながら「間違いなくそこにいた、あった」という現実としての強い説得力もあって、一枚一枚ながし見ることができない魅力的な写真です。

『木村伊兵衛 昭和を写す 2 よみがえる都市』より

昭和のこどもたち、バックに写る建物、傘……まるで用意された舞台セットと小道具のようです。隅から隅まで物語があります。切り取られた一瞬のその前後を「こどもたちは兄弟姉妹かな、それともご近所同士かな」「この少女はこの後はにかんだだろうか」等と想像していると時間はあっという間に過ぎています。

ゆっくり写真を眺める時間が日常のすきまにあると、この閉塞した状況の中でもすこしだけ心が豊かになれた気分がします。