モンシロチョウは紫外線の夢を見るか?―日高敏隆『動物と人間の世界認識 イリュージョンなしに世界は見えない』

人間以外の動物たちが、どのように自分の周りの世界を知覚し認識しているのかを興味深く知ることができる前半と、人間がいかに倫理的な(つもりの)枠のなかで世界を捉えているかを、生物学から哲学へと枠をまたぎつつ気づかせてくれる後半で構成された一冊です。平易で読みやすい文体でした。

『動物と人間の世界認識 イリュージョンなしに世界は見えない』(日高敏隆/ちくま文庫/2007年)

動物行動学者である著者が、「環世界」「イリュージョン」をキーワードに人間・動物がいかに世界を構築するかを説きます。

同じ環境にいても知覚能力に差があれば、まったく違う世界になる。紫外線を見ることができるモンシロチョウは、人間とは違う風景を見ていることでしょう。視覚は微弱でも嗅覚がするどい動物は、嗅覚をメインに世界を構築するでしょう。でも、嗅覚で世界を構築するって何だろう?人間には想像すらできません。そんな興味の途切れない不思議さを味わえます。生き物はすべて、それぞれが知覚できる範囲でしか世界を切り取れないし、本能や行動様式に沿った形で都合よくものごとを選びとって世界を認識しているのだなという気づきもありました。

そして後半部を読みながら「人間は他の動物より優れている」という無意識に付け上がったようなところが自分の中にあったことに気が付きました。「あらゆる生物のなかで人間こそが唯一 "客観的に" 世界を捉えている」「人間が真理に一番近いところにいる」となんとなく思っていたかも、と…

本書の最後に著者は「学者や研究者はいったい何をしているのだと問われたら、答えはひとつしかない」と語り、著者が導き出した答えがなんともユーモラスで思わず息がもれました。とても味わいのある読後感はこのオチのおかげかもしれません。おすすめです。

 

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新興宗教のと隆盛と弾圧を描いた長編小説―高橋和巳『邪宗門』

戦前戦後のとある新興宗教の興亡を描いた長編小説です。

『邪宗門』上下巻(高橋和巳/河出文庫/2014年)

宗教とは?信仰とは?政治とは?農業とは?社会とは?権力とは?戦争とは?国家とは?、、、それらについての作者の考えが重厚な筆致を通じて伝わってきます。そしてそれらが個別のものではなく、現実がそうであるように、深く絡み合い影響しあいながら物語は強い推進力をもって展開し、読み進めるたびに圧倒されます。

作者の知識、思考、思想、哲学のすべてをぶつけた壮大なスケール。教団内の風習など、設定のディテールも凝ってあって、(モデルにした教団があるにしても)作者の頭の中に存在するものとは思えないほどのリアリティ。

無駄なキャラ、無駄なシーンは一切ありません。すべてのキャラに生きてきた背景が見えるし、全てのシーンには「伏線」なんて小手先の表現技術は不要で、歴史としてごく自然に繋がりがあるのを感じます。そして風景が何よりも雄弁に人の心情を語ってくれます。思わずため息がもれるような叙情的な叙景文?がそこかしこにあります。

分厚い文庫の上下巻あわせて約1200ページに字がびっちり、しかも硬質な純文学に不慣れな自分には難しい文体で、上下巻読了まで一ヶ月かかったけど、極端な展開もあるし魅力的なキャラ揃いだし、エンタメ性も強いと思います。ところどころに埋められている「初見の単語によるつまづき」「理屈ぽくて回りくどい表現による停滞」程度では物語の爆進力は損なわれず、最後まで楽しめました。登場人物が読者の頭の中で勝手に動き出すのを感じるくらいまで慣れてきたら、あとはどんどん世の中が動いていくのを目で追うだけです。現に上巻の序盤を読み進めて消化するのが一番時間がかかりました。

自分に宗教、哲学、思想的な素養はないのでほとんどエンタメとして消化することしかできてないと思ってますが、新興宗教を舞台にした大河ドラマとしてとても面白かったです。

余談ですが、新井英樹の漫画『キーチ!!』『キーチVS』と共通する部分が多くありますので、一方を読んだことがない方はぜひ両方読んでみていただきたいと思います。

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生と死、そして自分を深く見つめた末にたどり着いた"小屋"―高村友也『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』

あまりに生きづらすきて隠遁したところ、無限の自由と孤独を手に入れ、計らずもミニマリストとして注目された男の哲学的自叙伝です。

『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』(高村友也/同文館出版/2015年)

自作スモールハウスでの質素な暮らしぶりが注目された筆者の、幼少から現在までが書かれたあくまでも自伝あって、ハウツーミニマルライフやスモールハウスの作り方を説いた本ではありません。

幼少期の筆者はある日突然「死の概念」を自覚してからずっと死の恐怖を感じながら生きることとなったとのこと。普通の子どもならば例え死の恐怖を知ったとしても、喉元過ぎれば他に興味が移ったり、考え続けることに疲れたり、忘れたりで、絶対にいつか自分にもやってくる死をわきにどけておけるのでしょうが、筆者はずっと死と自分を見つめ続けてしまいます。きっと脳に高品質なメモリを積んでるがために負荷が高い処理をし続けてしまえるのでしょう。自分を誤魔化すこともできず、真正面から死に向き合ってしまいます。

自他に高いハードルを課し、生きづらいほどに肥大した自我を抱えた筆者は、成長するにつれ社会の中で生きていくことが困難になっていきます。可能な限り自己完結し、時間やタスクによる制限がない生活を望み、路上生活者にもなったりした末、30代で山の中の安い土地を買い自ら小屋を建て、圧倒的に自由で孤独な「安全地帯」を手に入れるのです。

山の中の生活を手に入れるまでは読んでいて重く苦しいです。ひたすらネガティブな自分語り(自叙伝なので当たり前ですが)が続きます。自分は他の人間と違うと言いたげな部分もあるので、著者を「厨二病」と揶揄することは簡単ですけど、脱ぎたくても脱げない自分自身という生きづらさを背負い続ける苦難は想像を絶します。しかし山の中での暮らしを書いた章では、文体がイキイキしていて、自力で生活する困難さも自然に受け入れ解決していく姿が微笑ましく、読んでいて転がるように目が次の文を自然に追っていきます。

著者が東大で哲学を学んでいたことも手伝っているのか、やや周りくどい文体ですが、読みづらくはありません。ただ筆者が自らの深淵をあまりに深く見つめ続けるため、底の見えない暗い穴が続き、読んでいるこちらが手を伸ばそうとしても著者の考えにしっかりタッチできたような実感は少ないです。しかし簡単に共感させないところに著者の誠実さを感じます。それは当たり前のことで、ひと一人の考えなんて本来そうやすやすと共感なんてできないものだとも思います。

自己完結することの居心地の良さは、空想を楽しむ一人遊びが大好きだった一人っ子の私も大いに共感できました。同じように幼少期に死の恐怖で一時的に不眠にもなりましたが、まあ上等なメモリを積んでなかった私の脳味噌は、うまいことうやむやにできました。ある程度の鈍感さは身を助けますね。

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「昆虫にとってコンビニとは何か?」「名前とは何か?」「戦争とは?」…人間と昆虫のかかわりを通して人間がどんなものか見えてくる。高橋敬一『昆虫にとってコンビニとは何か?』

農学博士であり、害虫防除を研究する著者が書く、昆虫の生態についての生物学的エッセイ、、、かと思いきや、もすこし過激な内容でした。

『昆虫にとってコンビニとは何か?』(高橋敬一/朝日新聞社/2006年)

もちろん昆虫の生態にも触れますが、タイトルで分かるように、昆虫と人間のかかわりを通して自然環境を都合よく変えてきた人間に対する批判が、著者のストレートな物言いで展開されます。

目次を見るだけでも興味が湧き、序盤は「昆虫にとって車とは何か?」「昆虫にとって船とは何か?」「昆虫にとってゴルフ場とは何か?」と内容がなんとなく分かりやすそうですが、後半は「昆虫にとって名前とは何か?」「昆虫にとって戦争とは何か?」「昆虫にとって生まれてきた目的とは何か?」「昆虫にとって人間の持つ価値観とは何か?」と禅問答めいた章タイトルが並び、読み進めるたびにワクワクします。

そして何より著者の物言いが個人的には面白く(それが受け付けない読者もいることでしょう)、オモロイおっちゃんやなあ、と親しみが湧きました。昆虫マニアへの同情と、昆虫採集禁止論者への隠す気のない憎悪、そして人間にとって都合のいい自己満足程度でしかない自然保護活動に対する冷ややかな目線。

エッセイ・読み物としてはこれくらい著者の考えが濃いめの味付けで編まれているほうが刺激的で、たまには面白いなと思います。

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意外にもカワイイ著者の素顔が…? 服部文祥『増補 サバイバル! 人はズルなしで生きられるのか』

「意外とカワイイ人だな」が読後の感想でした。

極力道具を減らし、米と調味料以外の食料は現地調達し、できるだけ"ズルなし"で自然を相手にするサバイバル登山家・服部文祥さんの著作です。

『増補 サバイバル! 人はズルなしで生きられるのか』(服部文祥/ちくま文庫/2016年)

内容は、実際に登山した時の模様と、道具の説明などを書いた実用的なパート、そして登山・自然に対する服部さんの考えや思想、若い頃について書いたエッセイ、といったところ。写真や図解はほぼなく、文章一本勝負ですがこれがまたグイグイと読ませる文章で、とても面白く読めました。冒険記部分ももちろん面白いですが、服部さんの思想や哲学、死生観、自分を深く見つめる時の表現が特に面白く、文章がまっすぐストンと心に落ちてくるようで、服部さんの考えにしっかりタッチできた実感があります。

この本を読む前は、服部さんは自分と他人に厳しく、正直すぎて融通がきかない、図太い神経の持ち主で、理屈っぽくてカッコつけで、孤高ゆえに人を寄せ付けない変わり者(がゆえに面白い)と思っていましたが、この本の中の服部さんはそのイメージとはやや違います。意外にもカワイイのです。カッコつけきれてない思春期男子を見ている気持ちになる場面がちらほら(笑)。

サバイバル!と言いつつ時に山中の人工物の誘惑に心揺れたり、他の登山客に対して自意識過剰だったり、カッコつけたがったり、そんな自分にツッコまずにいられなかったり…なんというか、自分の内面を正直に書いているがゆえに「そんなこと書かなけりゃ最後までカッコつけられたのに」と微笑ましいです。でも自分に正直でないと登山はできないだろうと思います。自分の体調や能力や気持ちを、虚栄心から高く見積もることは登山では命取りになるでしょう。

小難しくとっつきにくそうなオジさんと思っていましたが、憎めない可愛い人だと思いました。以前テレビ番組で服部さんが某登山家を批評した時、「登山家として3.5流」と言いつつ「彼はいい奴らしいから、会ったらほだされちゃうかも」と苦笑していましたが、服部さん自身も結構人たらしなタイプなのかもと思いました(笑)

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