『ずっとお城で暮らしてる』―本の形をした怪物

今回紹介させていただくのは、シャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』です。前回の『わたしを離さないで』に続き、タイトルの印象的な作品を選んでみました。

作者シャーリイ・ジャクスンは、どちらかというと恐怖小説で有名な人物のようですが(代表作『たたり』でスティーヴン・キングに激賞されたという経歴の持ち主)、この作品にはホラー要素はほとんど含まれていないので、そちらの方面が苦手な方でも楽しめると思います(いや、微かに、含まれている、かも……? 以下のあらすじを読んで平気なら大丈夫なはず )。

あらすじを簡単に述べると、「主人公メアリ・キャサリン・ブラックウッド(メリキャット)は、彼女の父母や親類を毒殺したと目される姉・コンスタンス(コニー)と、生き残った伯父・ジュリアンとともに周囲から隔絶された屋敷で幸せに暮らしていた。しかし、ある日突然そこに闖入者が現れ、彼女たちの〈美しく病んだ世界〉は崩れてゆくが……? 」という具合です。

カバー裏表紙の作品説明には「悪意に満ちた外界に背を向け、空想が彩る閉じた世界で過ごす幸せな日々」とあり、この説明文からすでに、桜庭一樹が「本の形をした怪物」と評した、この作品の独特の雰囲気が漂ってきます。花でいうならジギタリスのような、あの、観賞用に栽培されるくらい綺麗なのに猛毒のある感じ。

ずっとお城で暮らしてる / シャーリイ・ジャクスン / 東京創元社 / 2007
ずっとお城で暮らしてる / シャーリイ・ジャクスン / 東京創元社 / 2007

作中に「メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん/とんでもない 毒入りでしょうとメリキャット」ではじまる歌がでてくるのですが、この歌、解説を読むに、すこし違った訳のバージョンで曲がついているようですね。歌ってみたいような、みたくないような。

かなり癖があり、人を選ぶ作品ではありますが、ピンときた方はぜひ読んでみてください。

ところで、ここ数年の疑問なのですが、創元推理文庫で文庫化される作品って、どういう基準で選ばれているのでしょう。「推理」要素が、ないとは言えないにしても、ほとんどないに等しい作品が結構選ばれている気が(桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』であったり、J.M.スコットの『人魚とビスケット』であったり、この『ずっとお城で暮らしてる』であったり)。読み終えたあと、つい「“推理”……? 」と首をかしげてしまうんですよね。まあ、結果としておもしろい作品を揃えてくれているので、文句はないのですが。

当店では、創元推理文庫の買い取り大歓迎です。出張買取も承りますので、お気軽にお問い合わせください

『20世紀飛行機プラモデル大全』

飛行機のプラモデルがメーカーごとに紹介されている本です。特にボックスアートを中心に収録されています。プラモデルのボックスアートはどれもが迫力があったり、美しかったりして見ているだけでも飽きません。ボックスアートに惹かれて買ってしまう事もよくありますが、いざ作ろうとするとこの本の作例のようにするには大変なんですよね〜。店員Sが作りかけていた「川崎 T-4」は押入れにしまったままになっています(笑)

20世紀飛行機プラモデル大全 / 平野克己 / 文春ネスコ / 2004
20世紀飛行機プラモデル大全 / 平野克己 / 文春ネスコ / 2004

20世紀飛行機プラモデル大全2当店では、『20世紀飛行機プラモデル大全』を始めとして懐かしいものもいろいろ取り扱っております。ぜひご来店くださいませ。

“伝説の大道芸人” ギリヤーク尼ヶ崎『鬼の踊り 大道芸人の記録』

何年か前、夜更かししていた私は、目当てのTV番組もないままに深夜放送を適当にザッピングしていたが、コロコロと画面が切り替わる中でとあるドキュメンタリー番組に眼を奪われた。街頭で、白塗りをしたお爺さんが長い髪を振り乱し、着ている和服が乱れんばかりに踊り狂っている様子が画面に映しだされたのだ。ついにお爺さんはフンドシもあらわな半裸状態になり、路上に転がった。お爺さんをぐるりと取り囲む人だかりから拍手喝采が浴びせられる。それは舞踏の公演だった。私はすぐにビデオの録画ボタンを押し、録画しながらもチャンネルはそのまま、番組から眼が離せなくなった。

ギリヤーク尼ヶ崎以上が “最後の大道芸人” と称されるギリヤーク尼ヶ崎氏を、私が初めて知った時の様子。深夜の偶然の出会いで度肝を抜かれ、興味を持って調べてみると、1930年北海道の生まれで、舞踏家であったが38歳の時に大道芸に転向。以来街頭での公演を続けているとのこと。主な演目は「念仏じょんがら」「じょんがら一代」など。伊丹十三監督の映画にも俳優として出演しており、「タンポポ」では舌の肥えたグルメなホームレス集団の一人を、「マルサの女」では山崎努氏に宝くじを売りつける役を演じていたと知った時には、あの役を怪演していた人が舞踏家だったとは! とさらに驚いた。 続きを読む “伝説の大道芸人” ギリヤーク尼ヶ崎『鬼の踊り 大道芸人の記録』

『鉛筆画文集 東京・昭和のおもかげ』

安住孝史さんの東京を描いた鉛筆画文集です。本当に精密に描かれていて見入ってしまいます。建物の描写が細かいのも凄いですし、影のグラデーションが綺麗でいいですね。絵とエッセイの他にも作者の描いていくプロセスも掲載されているのですが、消しゴムを使わないということに驚かされました。よく見ると細かく一本ずつ線を描いているのが分かりますが、その繊細な作業こそが素晴らしい作品を生み出しているんだと納得させられます。

鉛筆画文集 東京・昭和のおもかげ / 安住孝史 / 日貿出版社 / 2014
鉛筆画文集 東京・昭和のおもかげ / 安住孝史 / 日貿出版社 / 2014

東京・昭和のおもかげ3

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『わたしを離さないで』―静かで印象深い物語

『わたしを離さないで』。とてもストレートで、けれどひどく印象的なタイトルを冠するこの小説は、深く刻みつけられる、というよりは、胸の奥にこびりついて離れない、というような印象を読者に残します。

この小説は、『日の名残り』でイギリス最高峰の文学賞であるブッカー賞に輝いた作家、カズオ・イシグロの代表作のひとつで、その緻密な構成によって各国で高い評価を受け、映画化もされました。

わたしを離さないで / カズオ・イシグロ / 早川書房 / 2008
わたしを離さないで / カズオ・イシグロ / 早川書房 / 2008

語り手キャシー・Hの回想という形をとる物語は、あくまで静かに、どこか淡々とした印象すら漂わせて進んでゆきます。しかし冷たさはなく、むしろその静かさが、過去の温かさと、現在の、泣き喚くでもなく、強引に訴えかけるでもない哀しみをわざとらしさなしに伝えてくるのです。その傾向は終盤に顕著で、とくにラスト数ページに綴られる独白には心に迫るものがあります。

世界観の説明がいっさい行われないままに、「介護人」「提供者」「ヘールシャム」といった単語が当たり前のように次々と使われるので、はじめのほうで読者は取り残されたような感覚に襲われるかもしれません。しかし、それがかえって、それらの単語の持つ意味を知らなかった幼いころのキャシー達と同じ目線で物事を追わせ、作品に一層のめり込ませる仕掛けとなっています。

物語が精緻に構成されるあまりに、ストーリーを仄めかそうとすると読む楽しみを損なう恐れがあり、ここでは言及を避けますが、いわゆる「ひそやかな文学」がお好きな方は、ぜひ読んでみてください。もっとも、あまりに有名な作品なのですでにお読みになったという方も多いとは思いますが……。

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