『わたしを離さないで』。とてもストレートで、けれどひどく印象的なタイトルを冠するこの小説は、深く刻みつけられる、というよりは、胸の奥にこびりついて離れない、というような印象を読者に残します。
この小説は、『日の名残り』でイギリス最高峰の文学賞であるブッカー賞に輝いた作家、カズオ・イシグロの代表作のひとつで、その緻密な構成によって各国で高い評価を受け、映画化もされました。
語り手キャシー・Hの回想という形をとる物語は、あくまで静かに、どこか淡々とした印象すら漂わせて進んでゆきます。しかし冷たさはなく、むしろその静かさが、過去の温かさと、現在の、泣き喚くでもなく、強引に訴えかけるでもない哀しみをわざとらしさなしに伝えてくるのです。その傾向は終盤に顕著で、とくにラスト数ページに綴られる独白には心に迫るものがあります。
世界観の説明がいっさい行われないままに、「介護人」「提供者」「ヘールシャム」といった単語が当たり前のように次々と使われるので、はじめのほうで読者は取り残されたような感覚に襲われるかもしれません。しかし、それがかえって、それらの単語の持つ意味を知らなかった幼いころのキャシー達と同じ目線で物事を追わせ、作品に一層のめり込ませる仕掛けとなっています。
物語が精緻に構成されるあまりに、ストーリーを仄めかそうとすると読む楽しみを損なう恐れがあり、ここでは言及を避けますが、いわゆる「ひそやかな文学」がお好きな方は、ぜひ読んでみてください。もっとも、あまりに有名な作品なのですでにお読みになったという方も多いとは思いますが……。
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