萩尾望都先生の漫画については、数ヶ月前の記事で語らせていただきましたが、今回は彼女のエッセイ集である『思い出を切りぬくとき』を紹介したいと思います。
この本は萩尾先生のデビュー40周年を記念して出版されたもので、彼女が20代の頃に書いたエッセイが多数収録されています。
漫画家や小説家のエッセイを読むといつも、本人や周囲の人間のキャラも、会話の内容も、生活の密度も、濃いなぁ……と思うのですが、萩尾先生もやはりなかなかのものでした。わたしの中の「周囲の人間のキャラが濃い作家ランキング」は、近所の神社からリアカーで狛犬を盗み出した友人がいるという桜庭一樹が1位の座を譲らないのですが、「充実した素敵な日々を送っている作家ランキング」では萩尾望都がトップに躍り出ました。
「まずあなた自身の感性をね、豊かにしたほうがいいと思うのね、もっと楽しんで、遊んで、本読んだり、バレエ見たり、音楽とか……」というのは、「人の往来」というエッセイの中で、いろいろな「楽しみ」をただ漫画の材料にしようとして空回りしている漫画家志望者を相手に彼女が発した言葉です。この本を読むかぎり、彼女の生活はまさにその言葉のとおりで、時にはバレエを、時には能を、どこまでも素直に楽しんでいます。そこにいるのはただ純粋なひとりのファン。しかし彼女の作品を読むと、それらを鑑賞したことで彼女自身の感性がより豊かになり、結果として作品が生き生きと美しいものになっていることが感じとれるのです。自然な流れとして、ひとりのファンとしての萩尾望都が、漫画家としての萩尾望都の糧となっている。まさに「創作は遊びとムダから生まれる」ということですね(本書p.52)。
また、このエッセイ集には読んで思わず「えっ」と声を漏らしてしまうようなエピソードも載っています。あの『トーマの心臓』がもうすこしで打ち切りになるところだった話だとか……本当に肝が冷えます。
若き日の萩尾先生のありのままの姿を垣間見ることができて、萩尾ファンとしては大満足の1冊でした。
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